大桑城・大桑商人

 

大桑城 古城山(=中央 極く小さく模擬天守)

岐阜県山県市大桑

美濃国守護を200余年務めた土岐氏の

大桑城(古城山)と菩提寺 南泉寺です。

 

下剋上を果たした斎藤道三は、商売上手

といわれた大桑(おおが)商人を稲葉山城

(岐阜城) 城下町  井ノ口に移転させました。

それが 信長に受け継がれ、楽市・楽座へ

発展していきました。

′           出典=山県市冊子

 

現在も町名で残っております。

 

 

斎藤 道三の陣

 

大河ドラマ「麒麟がくる」で登場した

斎藤  道三と 義龍との「長良川の戦い」

道三の陣だった 鶴山です。

′             西方から

小高い岩山です。

稲葉山(金華山)との距離、山と川

絶妙な条件の所に陣を構えていた

と思います。

′             南方から

堀の役目の鳥羽川

′             東方から

左手に小さく稲葉山(金華山)

稲葉山城(岐阜城)

肉眼ではもっと大きく見えます。

 

鶴山(岐阜市上土居・岩崎)

事務所より  2㎞の所です。

 

 

モネの池

 

岐阜県関市板取にあります。

クロード・モネの「睡蓮」の絵に似ている

ことから、通称「モネの池」と呼ばれる

ようになりました。

 

 

 

 

コウホネ・スイレンを植え、池の底を漆喰

で塗り、世話を持て余した鯉を入れたそう

です。

当初は、水がもっと澄んでいて 本当に

きれいで、鯉が空中浮遊しているようで

した。

 

遠方からの車のナンバーを見ました。

広島・大阪・秋田 ・・・

国道が約10㎞間、大渋滞だったそうです。

 

欧州からフラリと来られ、中部国際空港

セントレアから、行き方の問い合わせ電話が

あったとか。

外国にすれば 短い距離でしょうけれど、

とても説明できず、「どんな方法でも

いいから 岐阜 関 板取 まで来てくだ

さい。 詳細は近所にきてから、」と

説明されたそうです。

 

4年前のお話です、現在は外出自粛中です。

 

 

巨大株杉

 

 

 

 

岐阜県関市板取には、「巨大株杉」の

群生地があります。(21世紀の森公園)

 

杉の古木が、幹の上の方で伐採されている

ため株が生きており、そこに種が根づき、

古木を利用し、新芽が育ったという杉です。

 

新芽が利用している部分は、生き続け

中央部などは朽ちています。

自然が作った盆栽です。

 

古木が、写真より低い木もあります。

古木樹齢  推定  約400~500年

100本あるそうです。

 

追記

映画で使えそうな場所です。

 

 

 

 

 

現存していないのは、

 

台鉋(だいがんな)が、中世(室町時代)に

登場し、使われることが少なくなったため

槍鉋の刃先を 鍛造し直したのではない

でしょうか。

′       現在の突き蚤

 

当時、貴重だった 鉄材。

突き蚤 (のみ)に転用したのではない

でしょうか。

だから 現存する古代槍鉋がない。

 

長い蚤であったため、玄翁(げんのう)

使わず腕で押して使ったのではないで

しょうか。

 

補足説明

長い「軸」の部分は、丸ではなく四角で

しょう、という鍛冶職人さんらの意見です。

古代では丸鋼・丸くぎではなく

鍛冶加工しやすい 四角であったように。

鉄材を 丸く引き延ばす機械がない、

丸く ヤスリ加工する必要性がないなど

の理由です。

 

冠(かつら、上部の玄翁で叩く所)は

通常 叩くための木の保護材ですが、

これは、叩かず

木の柄が2枚分割のものを合わせた

ため 「割れ止め」でしょう。

 

近世槍鉋も 現存していないのは、

樽を削る道具でさえ、湾曲した

「反り台鉋」で加工した方がやりやすい

ため、当時でも特殊で、ごく少ない道具

だったのではないでしょうか。

ですから、残っていない。

 

古代槍鉋とは、復元品のことで、

絵巻は正しい、のではないでしょうか。

現在の解釈が間違っている、のではない

でしょうか。