古代槍鉋を 忠実復元!

 

 

 

真説・絵巻の古代槍鉋を復元しました。

 

命名しますと

◇春日権現験記絵

都ではこの形の槍鉋

上から

◆「春日 両刃型」  荒削り用

◆「春日 木の葉型」 板の仕上げ用

◆「春日 片刃型」  木の小口用

 

◇松崎天神縁起絵巻

防府では

◆「松崎 こて型」  荒削り用

と致しました。

 

なぜ 復元か。

現在、古代の建物は、古代の道具で加工

すべき、ということで「槍鉋」を使用

して工事が行われるようになりました。

 

薬師寺金堂・西塔・回廊からはじまり、

その他の社寺建築 や 姫路城他

各地の城郭復元工事などにも使われる

ようになりました。

現在、古代道具として認知され、

普及しているわけです。

 

また、古式工始祭(たくみはじめさい)

の儀式でも使われています。

http://maq-archi.com/blog/2019/03/

 

 

槍鉋 設計図

 

十年来の疑問。

絵図と現在の槍鉋の違いに気づいて、

絵図の検討・その他の資料・構想・図面

アドバイスをまとめました。

古代といえども 刃先が工夫され

使う箇所で種類があったように思います。

刃先の形状は白鷹氏復元と同じ

軸(刃の根本)が薄いため、長くすると

ペラペラになります。

厚みのある刃と軸としました。

 

平らに削った大きな板で、まるで台鉋で

削ったような精度のものがあるそうです。

これが「木の葉型」で削ったのでしょうか。

「木の節」周辺で逆目が起きないよう

回せます。

 

先端の「しゃくり」、はねあがった部分が

絵図では反対にも見えますが、道具として

疑問なので、この形だと判断しました。

材の小口加工用にも使われたのでしょうか。

 

こての曲がり部分は、持ち手と判断

しました。

実際 曲がりの部分を持っている状態を

絵巻に書くと道具がわかりにくいため、

あえて曲がりを見せて書いてあるように

思います。

木の柄が3本より長いのですが、もっと長い

もう1本も見受けられます。

 

 

白鷹 幸伯氏 復元

′    井戸 誠嗣氏  予備品所有

 

白鷹氏が、特殊注文の槍鉋を受け、

製作されたそうです。

これが 絵巻の刃先復元だと思います。

しかし木の柄は長く、現代普及型です。

 

 

 

現在の槍鉋

現在、一般に普及している槍鉋は、

木の柄が長く、古代絵巻のようには

なっていません。

「絵師が、いい加減で書き間違った。」

といわれています。

それが現在の定説です。

この形状で、色々な鍛冶職人さんが 

それぞれの特徴を持たせ製作されています。

しかしながら、

私的見聞では、現在 普及している

槍鉋が、絵図に登場してくるのは、

近世(江戸時代)1830年 

葛飾北斎の 富嶽三十六景 浮世絵の

尾州不二見原(名古屋市中区富士見町)に

描かれている槍鉋があります。

 

′      出典=Wikipedia修正

樽の板を削る槍鉋。

木の柄が長くて持ちやすく、刃が抜け、

はずせそうで 研ぎやすそうです。

これは、近世(江戸時代)槍鉋。

 

古代(飛鳥・白鳳・奈良・平安時代)

の絵図は、刃がはずせそうではなく、

槍鉋全体を持って研がなければ

ならず研ぎにくそうな形です。

 

 

春日権現験記絵・松崎天神縁起絵

 

◆春日権現験記絵

1309年 竹林殿の普請の模様を描き 

奈良・春日大社に奉納されました。

 

働いているのは「飛騨の匠」だと思わ

れます。

都ではこの形の槍鉋。

「大工百態」にも書かれていますが、

同じような形です。

◆ 松崎天神縁起絵巻

1311年に書かれ 防府天満宮に奉納

されいます。

′  出典=山口県美術館の展覧会図録

防府(山口県)の松崎天神を造る際、

書かれた絵巻です。

地方では「こて型」の槍鉋も使われた

のでしょう。

 

 

槍鉋 文献・出土品

文献では

′   出典=木の匠 成田 寿一郎著

「倭名類聚抄」 の第97工匠具にある 

「金+斯」(やりがんな)

木を平らにする器

「釈名」では 削り跡には高下がある。

これにより平らにする  

という記述がされています。

確かに道具として槍鉋があった。

ということです。

正倉院蔵 宝物の 槍鉋といわれる道具 

 

各地の遺跡で発掘されたもの

和泉黄金塚古墳

 

野中アリ山 出土品

宝物・出土品は槍鉋の形状をして

いますが、長いもので30㎝程です。

 

いずれも小さく、短いです。

これは大工道具というより

「彫刻刀」という表現の方が近いもので

木工用に彫る道具でしょう。

この出土品は、長く両側に刃が

でています。

これは、「はにわ」で身に着けている

武具を作る際の皮革の切断器具

であろうということです。

木工用に使用されたものではなく、

革を裁つ利器であったようです。

金蔵山古墳 出土品

′  出典=斧・蚤・鉋  吉川金次著

 

いずれにしましても 大工道具の

古代(飛鳥・白鳳・奈良・平安時代)

槍鉋は 現存しているものがありません。

 

 

槍 鉋

 

古代槍鉋 (やりがんな) は、槍のような形の

鉋で 現存するものがありませんでした。

西岡  常一棟梁が、白鷹  幸伯氏に

依頼され 復元されたそうです。

 

世界最古(飛鳥時代)の木造建築

「法隆寺」に 残っていた刃の痕跡がある

2枚の削り板 (最古の板?) から 刃型を写し

とられたそうです。

 

 

 

 

 

移築 建て方

 

 

 

 

10mを超える長い材を 深夜

越前市永坂から福井市、福井インター

付近まで大型トレーラーで搬送した

そうです。

40㎝角の主柱

 

束石・地覆石は、福井の笏谷石

(しゃくだにいし)だそうです。

アクセントでカエルが彫られています。

 

 

直井棟梁 材木買い付け

 

直井棟梁 岐阜県銘木協同組合にて

補足材料の買い付けでした。

 

 

()元井建設工業  元井 義信 会長

 

 

岐阜県不破(ふわ)郡垂井(たるい)町の

県指定天然記念物

「垂井の大ケヤキ」(樹齢300年程)が枯れ、

止む無く製材され、出品されていました。

板戸用に、〇百万円で落札されました。

 

けやき柱  (460㎜角)   〇十万円を

数本落札されました。

 

 

直井棟梁 豪邸移築

 

直井棟梁、永宮邸移築

薬師寺西塔 建築後、

棟梁36歳の時に建てられた総欅

(けやき)の住宅を、今回移築だそうです。

武家屋敷のような御殿で、太い骨組み

と装飾材は、見たことのない建築物

です。

福井の地域性・時代性を示した

文化財級建物であろうと思います。

 

解体開始

 

 

 

 

細部まで、凝りに凝った造りです。