削ろう会・飛騨高山大会

 

 

全国から800名を超える大工さんら

が参加されました。

大鉋 (広幅 尺=303㎜)の

達人 山本文義氏

 

 

 

削ろう会で、毎回実践されている山本氏

そのノウハウは、現実的・理論的であり、

世界でも注目される技術です。

鵤工舎・小川量市若棟梁と小川三夫棟梁

 

薄削り、厚さ測定

薄い鉋屑(かんなくず)比較

◆ コピーの紙   89μ(ミクロン)

◆ テッシュの1枚 68μ(ミクロン)

◆ 鉋屑       5μ(ミクロン)

過去、福井・愛知・愛媛の方が3μを出した

そうです。

 

このような木を薄く削る技術は、

世界でも日本だけです。

手技と道具類が進んでいます。

 

削ろう会・神戸大会

 

 

道具販売のブースで千代鶴貞秀氏・

千代鶴 直秀(森田 直樹)氏に会い

ました。(現在3代目貞秀)

岐阜県関市出身ということで、お話を

させていただきました。

 

 

刃物で削る

 

 木材加工は、現在当地でもコンピューター

によるプレカットが主流で、製材機・電気鉋

で切りっぱなしです。

正確な寸法はよいのですが、蚤(のみ)・

鉋(かんな)=刃物で表面を削ってはいま

せん。

電気鉋は、刃が回転し木の表面を叩きなら、

ちぎっているような感じで削ります。

鉋の刃           電気鉋の刃

(マイクロスコープ1600倍)

 

刃物で削った木の表面は、つるつるで、

水をはじきます。

かたや 表面をペーパーで磨き、見た目が

同じようにしますが 水を垂らしますと

すぐに水を吸い始めます。

電子顕微鏡で拡大しますと

(電子顕微鏡)

 

左は、仮道管が生きており表面撥水します。

外部では、雨水をはじき 長持ちします。

カビ菌・腐食菌が生えにくいため、腐り

にくいということです。

内部でも、結露水・湿気を吸いにくいという

ことです。

これが1000年を超える建築物の木の扱い方

の良さの1つです。

 

右は、仮道管がつぶれており 容易に水を

吸い込みます

現在では、撥水剤・塗装剤に頼ったりします。

 

理想的には、木を「仕上げ鉋」で削った方

ずっと耐久性が得られます。

 

 

削ろう会

 

 海老崎棟梁・白鷹氏から教えていただ

いた、「削ろう会」に入会しました。

まだ9年目ですが、平成9年から開催され

日本の伝統建築・木工技術の 今が

見れます。

全国の腕自慢の大工さん・木工職人さん

の集まりで、いかに鉋で薄削りできるか

などを中心に、手技を競うものです。

 

また、手道具・伝統技術の可能性を

追求する会です。

伝統木造建築の大工さんは、手技。

いかに技を磨いたかです。

 

卓越した手技を身につけた大工さんに

建築を依頼してみたい と思います。

日本の伝統建築を継承していく、

設計と大工さんの交流がもっとあれば

いいと思います。

見分が広まりとにかく勉強になります。

 

 

都とのつながり

 

河野家・山田家・衣笠家・松久家・

宇留野家・野沢家・小枝家等

仏様は、檀家の方々の信仰心を集めた

ものでしょう。

又、当時の地方仏師で彫れたのでしょうか。

依頼するか、来ていただくかです。

 

檀家の中で、都とのつながりをもつ家

として、1679年 京都所司代の命を受け

金閣寺近く 衣笠山より名をとり

粟野に赴任してきた「衣笠家 4人」

その時の書状です。

 

当時は、4家が地域の広大な田畑・山を

分割所有し、門・蔵をもち屋敷を構えて

いました。

赴任以前から、都とのつながりがあった

ようです。

ちなみに父親は、婿養子で、「衣笠」でした。

 

まだ 不明な点が多く、衆知を集め解明して

いけたら と思います。

 

 

謹賀新年

謹んで新年のお喜びをを申し上げます

旧年中は格別のご厚情を賜り 御礼申し上げ

ます

本年も変わらぬご愛顧の程宜しく

申し上げます

 

済法寺 四天王 検証

済法寺

四天王の反転を検証します。

持国天           反転・増長天

多聞天           反転・増長天

 

広目天の反転形はありませんが、

一応 2体は反転できます。

 

済法寺の仏像

◆十一面観音立像

桧  一木造(いちぼくづくり)

像127cm

平安時代後期

頭の上に十一の顔、少し大きいのが

化仏(けぶつ)で、如来面。

台座 江戸時代ごろ修理されている

そうです。

 

◆地蔵菩薩立像

桧  寄木造  彫眼  像80cm

鎌倉時代

手に持つ杖他、台座は江戸時代ごろ

修理されているそうです。

 

◆不動明王立像

桧  寄木造 玉眼(水晶の眼) 像82cm

鎌倉時代

台座・炎は傷みがあり、本来は、下写真

 

 

出典=岐阜県の仏像より

 

◆四天王・持国天

桧  寄木造  玉眼(水晶の眼)

鎌倉時代

 

◆四天王・増長天

 

◆四天王・広目天

 

◆四天王・多聞天

 

四天王 4体とも

頭には宝冠(銅の飾り)がかぶせてあり

取れば本来の髪型です。

手に持っているものは、江戸時代頃

修理されているようです。

足の下 「邪気」 にも玉眼(水晶の眼)が

入っています。

岩、台座があり省略されていません。

下までしっかり造り込まれています。

'   如来 様を除く

'   観音・菩薩 様

'   明王 様

'   四天王 様

が 計7体があります。

これだけあれば、参道・山門・三重塔・

本堂・庫裏・鐘楼

などがある 大寺院に匹敵します。

狭い本堂奥に所狭しと並べてありました。

作者は?

慶派 でしょうか。大仏殿様

(だいぶつでんよう)

快慶作にも思えます。

または 快慶工房 の彫りでしょうか。

それとも 運慶?

仏像には ほぞの記載もなく、

仏像内部に墨書が入っているかどうか。

X線による内部調査がされているのか

どうか。

いずれにしましても 力作です。

関係記録文書その他が残っていないそう

ですが、掛け軸が20本程あります。

覚書などが 掛け軸になってはいないで

しょうか。

 

記事は、地元の檀家の方々のためにも

わかる範囲で、記録として残したいと

思いました。

仏像は現在、盗難に遭うといけないので

県の重要文化財で、岐阜県博物館で

保管していただいています。

 

2寺信仰

地区の家々のお墓は、寺周辺につくられ

たりしています。

地元では、菩提寺を大龍寺、西本願寺他

別の寺も信仰しています。

お盆は、2ヶ所のお寺様からお参りに

こられておりました。

信仰が2分されたり、分断されてしまって

います。

りっぱな仏像があるのに 発展せず

住職が亡くなり、現在は無人で

珠泉院 住職に兼務していただいて

おります。